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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)59号 判決

大阪市浪速区元町二丁目七八番地

上告人

吉田清一

右訴訟代理人弁護士

稲田堅太郎

鈴木康隆

桐山剛

大阪市浪速区船出町一丁目三五番地

被上告人

浪速税務署長

岡実

右指定代理人

奥原満雄

右当事者間の大阪高等裁判所昭和四六年(行コ)第二〇号所得税更正決定変更請求事件について、同裁判所が昭和五一年一月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人稲田堅太郎、同鈴木康隆、同桐山剛の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、いずれも正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は、原判決に右違法のあることを前提とするものであつて、失当である。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を争い、又は原審の認定しない事項若しくは独自の見解に基づいて原判決を非難するもので、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部高顕 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正已 裁判官 環昌一)

(昭和五一年(行ツ)第五九号 上告人 吉田清一)

上告代理人稲田堅太郎、同鈴木康隆、同桐山剛の上告理由

原判決には次の第一から第八に述べるような憲法解釈の誤りや、憲法違反並びに判決に影響を及ぼすことが明らかな法例の違背があるから破棄を免れない。

以下にその理由を述べる。

第一、所得税法一五六条に規定する推計による更正適用の誤りについて

一、原判決は推計課税の方法を採ることが許されるべき範囲について、税法が納税申告制度を採用し、実額課税をその本則としていることはいうまでもないから所得の実額把握が可能な場合、即ち正確な内容の会計帳簿の存在するとき、あるいは納税者の税務調査への全面的協力がなされたときは、実額を調査計算すべきであり、他方所得の実額把握が著しく困難もしくは不可能である場合即ち会計帳簿の備付けがないか、あつても不備であつたり、その記載内容が不正確なとき、あるいは納税者の税務調査への全面協力が得られないなど納税者の資料に依存できないときは推計課税の方法を採ることが許されるとしながらも、上告人の本件更正の場合には、〈1〉会計帳簿を備付けていなかつたこと、〈2〉収入の原始記録たる売上伝票に日付の記載がなかつたこと、〈3〉仮りに売上伝票に月毎の折込みをして仕切をしていたとしてもそれをもつて日付の記載に代えうる程度の客観性を有するものとは到底解し難いこと、〈4〉必要経費のうち本店及び元町店のガス料金、元町店の水道、電灯料金および高津店の経費についてはその実額調査ができる資料がないこと、〈5〉経費の一部につき実額の把握が可能としてもそれだけでは経費の実額を把握し難いこと等から会計帳簿の備付けがなく、かつ収支の原始記録があつても不備な場合に該当するから上告人の所得の実額を把握することは不可能であるとして被上告人の上告人に対する推計による所得認定は適法であると判断している。

二、ところで上告人は白色申告をしていたものであるが、右のように会計帳簿を備付けていなかつたからといつて推計の根拠にされるのであれば白色申告者の全てが推計課税の対象とされてしまう結果となり妥当でない。

三、さらに上告人の売上伝票には日付の記載はなかつたものの月毎の折込みをして仕切りをつけていたために月毎の売上げ集計は簡単にできる状況にあつて日付の記載に代えうる客観性を有するものであるから原始記録の不備な場合に該当するものではない。

四、また必要経費のうち、ガス料金等の公共料金について領収書が一部見あたらなかつたとしても公共料金であるから簡単に実額把握が可能で全くごまかしのきかない性質のものであること、元町店や高津店は取次店であつて、クリーニング設備もないからその作業もなく、したがつてその水道料金や電灯料金は全く本店と比較にならないものであり、経費の実額調査ができる資料がないとは到底言えるものではない。

五、しかも上告人は被上告人の調査に対して極めて協力的であつたのであるから、上告人の場合には所得の実額を把握することが不可能であつたとは到底考えられないものであり、被上告人の本件推計課税はその前提を欠き違法なものというべきである。

第二、推計方法の合理性についての判断の誤り

一、推計による課税はあくまでも実額把握が不可能な場合のやむを得ない例外的手段であるから推計が許されるからといつて、漫然と臆測によつて恣意的になされるべきことは許されない。

いかなる推計の方法がとられるべきかは推計に必要な一切の事情を考慮した上でもつとも実額に近似すると推定される金額を推計すべきであるとされている。

二、実額近似性を高めるためにはそれぞれの具体的事例に応じ、客観的にみて最も適切、合理的と認められる方法が選ばれなければならない。

適切な方法を措いて、簡便を理由として他の方法を採ることは誤りであるし、推計の基礎に採られる数値の確実性を十分吟味せらるべきであり、もし、推計方法において考慮外に置かれた諸事情が見出されるならば、これに則して推計の結果の修正を考えなければならないとされているのである。(行政事件訴訟十年史、四八二頁)。

三、これを本件の場合にあてはめて見るに、後記第四の四項に述べるように、被上告人が本件更正処分をなした時点においては何らの資料をも有していなかつたのであり、漫然と臆測によつて恣意的に推計をなしていることが明らかである。

被上告人は後日における不当な補足的調査によつて上告人の使用する売上伝票の印刷業者から上告人に対する伝票の納入数等を把握し、それを上告人が全部使用した如き計算をして架空の額をはじき出してつじつまをあわそうとしているのである。

そのようにして安易に算出された額が真実近似性をもたないのは当然のことである。

四、それにもかかわらず、原判決は右数額の確実性を吟味しようとはせず、推計に必要な一切の事情をも考慮しようとしないで安易に被上告人の本件更正の結果を認めてしまつているのである。

五、具体的推計方法は種々想定されているが比較的広く用いているのは「比率法」であるといわれている。

その中でも、納税義務者本人比率(当該納税義務者本人の一定期間の実績ないし記帳または前後年分の調査実績から得られた比率によって所得金額を推計する方法)は同業者率の一種であるが、本人自身の率を使用する点において最も個別類似性が高いものといわれている。

六、ところで本件の場合にあっては甲第一六号証の一、二、甲第一七号証、同一八号証の確定申告書からも明らかなとおり、上告人自身の実績が極めて明確にされているものであり、しかも昭和四一年度、同四二年度の上告人の申告は青色申告でなされているため一層実績が明確なのである。

したがつて、かゝる実績と比較することによつて推計の基礎たる数値の正確度を吟味し、実額近似性の向上を期すべき努力をしなければならなかつたのである。

七、原判決がそのような努力を尽していれば被上告人の本件更正が架空のものであり、真実からいかにかけはなれたものであるかが直ちに発見されたのである。

よって原判決が当然の前提として肯定している売上伝票の納入数から安易に算出した推計方法は誤っているものといわなければならない。

第三、上告人の昭和三九年度総所得額につき被上告人のなした推計額の誤り

一、原判決は訴外キング商事より納入されたといわれるK記号伝票一番から七〇〇〇番までの使用の有無について〈1〉上告人が昭和三八年一二月二六日にK記号の伝票を一番から七〇〇〇番まで購入したこと〈2〉元町店の仕上り品保管明細表にK記号伝票が記録されていたこと〈3〉右明細表に記録されていたK記号伝票の番号は六九六五番までのものが散在していたこと〈4〉昭和四〇年中にK記号伝票が使用されていなかつたこと等を認定した上で上告人が昭和三九年中にK記号伝票を一番から七〇〇〇番まで全部使用し、売上金を得たものであるとの誤つた判断をしている。

二、ところで〈1〉上告人が訴外キング商事から昭和三八年一二月二六日に他の伝票とともに購入したとされているK伝票は、乙第六号証、同一四号証の一、二からも明らかなようにアルフアベツト記号自体も伝票に刷りこまれているものであるが、元町店の仕上り品保管明細表(甲第一四号証)に記載されているK伝票分のものは、K記号自体が伝票に刷りこまれたものではなく受注の都度、上告人がゴム判でK記号を押捺していたものであること〈2〉被上告人が昭和四〇年二月一八日の「調査」時に元町店の仕上り品保管明細表において把握したとされるK記号伝票の番号は六五番から八〇九〇番であつたことが乙第一号証の記載からも明らかであること〈3〉右元町店の仕上り品保管明細表(甲第一四号証)は昭和三八年度以前の未配達残品の整理のため上告人が記録したものであつて昭和三九年分と全く関係がないこと〈4〉右明細表のNo.5にはK記号で七一六三番の記載があり、K記号が七〇〇〇番までとする被上告人の主張や原判決の判断と明らかに食い違いがあつて矛盾していること〈5〉営業の実態からみても七〇〇〇番という如き区切りのよい数字でもつて年度末に伝票使用枚数が終了するというようなことはあり得ないものであること〈6〉甲第一五号証の一、二及び証人山口和吉の証言からも明らかなように少くとも訴外キング商事以外の者から別個の伝票が上告人に納入されていたこと等の事実を総合的に判断するならば、上告人が昭和三九年中に訴外キング商事から購入した伝票七〇〇〇枚全部を使用したとする原判決の判断は全く根拠なきものであることが明らかである。

三、さらに原判決は高津店において昭和三九年中の売上伝票の記号としてP記号を用いたこと及び同年一〇月から同年末にかけての使用伝票として提示されているものとして三一〇一番から四四〇〇番であつたこと等から昭和三九年中の売上伝票がP記号の一番から四四〇〇番まで使用されたものであると認定している。

四、ところで高津店の昭和四〇年分使用の売上伝票の記号はRであり、使用枚数は一月四日から一二月一八日までの間に二〇〇一番から四七四〇番までの僅か二七四〇枚しか使用しておらず、この数字から比較しても右の如き一年間で四四〇〇枚という使用数が根拠なきものであることが判るのである。

付言すると上告人は昭和四二年一二月をもつて営業不振のため高津店を閉鎖しているものであるが、右の如き四四〇〇枚の伝票を使用し、八六万三二八〇円もの実績があがつているならば、閉鎖の必要もなかつたのである。

五、被上告人の推計額の誤りは必要経費の点からみても明らかである。

即ち大阪納税協会発行の税務資料(甲第一三号証)によると被上告人が西洋洗たく業につき基準としている経費率は〈1〉公租公課一・六%〈2〉荷造運賃〇・四%〈3〉水道光熱費五・二%〈4〉旅費通信費〇、九%〈5〉広告宣伝費〇、二%〈6〉接待公際費〇、五%〈7〉火災保険料〇・三%〈8〉修繕費二・一%〈9〉消耗品費九・〇%〈10〉福利厚生費〇・九%〈11〉建物以外の減価償却費五・三%〈12〉雑費八・八%であり合計三五%となつている。

六、右比率に被上告人が上告人の総所得としている五〇九万七一七三円をあてはめるならば、各経費の具体的金額は〈1〉八一、五五四円〈2〉二〇、三八八円〈3〉二六五、〇五二円〈4〉四五、八七四円〈5〉一〇、一九四〈6〉二五、四八五円〈7〉一五、二九一円〈8〉一〇七、〇四〇円〈9〉五四五、八七四円〈10〉五四、五八七円〈11〉二七〇、一五〇円〈12〉四四八、五五一円となり経費合計額は一八九万〇、〇四〇円となる。

七、これに対して、上告人の現実に費した必要経費の内訳は甲第四号証ないし第一二号証及び上告人の第一審昭和四二年五月二日付第三準備書面記載のとおりであつて、右各経費にこれをあてはめると〈2〉四七、四〇〇円〈3〉二二三、二二二円〈8〉九八、三〇〇円〈9〉一九三、四五〇円〈12〉一二三、〇一八円(但し組合費、外注費、ならびに諸税公課をはじめとする小口支出を含む)となりその合計は僅か七五万七九七五円にしかすぎないのである。

右の具体的数額を比較するだけでも被上告人の推計額がいかに杜撰なものであるかが明らかになるのである。

八、さきに第二の五、六項で述べたように上告人の前後年分の具体的な所得金額から判断すると推計額の誤りはますます明白となる。

即ち上告人の昭和四〇年、四一年度、四二年度の各年度の総売上げ金額はそれぞれ、三〇八万七、二九〇円、三三六万四、七一〇円、三九一万八、七四〇円である(甲第一六号証の一、同第一七号証、一八号証)。

着実に実績の伸びが認められ、しかも昭和四一年度、同四二年度については青色申告でなされているため、かつちりした会計帳簿の裏づけある申告がなされているのである。

それにもかかわらず、昭和四二年度さえ三九一万八四七〇円の売上げしかあげ得ていないのである。

かゝる実績から判断しても、被上告人の推計額五〇九万二八二三円という数額はいかに真実とかけはなれたものであるかということが明らかなのであつて、取消されるべきものである。

第四、攻撃防禦方法の時期についての解釈の誤り

一、原判決はいわゆる税金訴訟の対象は原則として課税庁が認定した課税標準又は税額が実際のそれを超え、納税者の権利を侵害しているか否かにあり、これが解明を通じて権利救済を図る趣旨であるから、右権利侵害の有無を理由あらしめ、或いはなからしめるための主張立証における攻撃防禦の方法は民事訴訟法一三九条等の制限をうけることがある外は原則として口頭弁論終結時まで適宜調査収集提出できるものと解するのが相当であるとしている。

二、しかしながら元来行政処分に対する異議申立ならびにそれに対する決定、審査請求ならびにこれに対する裁決等は、主権者たる国民の権利救済を制度的本質とする不服申立手続であつて、課税処分そのものの手続と機能を異にする別個の行政行為である。

したがつて権利救済を本質とする不服申立とこれに対する審理は、当然のことながら求められている権利救済の範囲に限定されるべきのものである。

ただし、日本国憲法下の実質的法治主義によれば、法治主義の目的は人権の保障にあり、その手段として合法性、合目的性も存すべきであつて、それを担保するものとしての行政不服審査制度や行政訴訟制度も人権保障という目的に奉仕する手段であるべきであつて、救済を求めるべき者の救済申立の範囲内に限られるべきものである。そうであるならば本来権利救済の場であるべき本件の如き訴訟において攻撃防禦方法を口頭弁論終結時まで適宜調査収集して提出できるものとすると、更正処分後に調査して得られた額が合理的かどうかを行政的に判断することとなり、本来司法的権利救済機関であつて行政的判断機能を有しない裁判所が、その権限を逸脱して行政的判断をする結果となつてしまい憲法の立前である三権分立の原則からいつても到底許されるべきものではない。

三、更正によつて新たに確定される課税標準は抽象的なものではなく、多様な所得認定方法の中から一つの方法を選択して具体的に確定されるものである。

したがつて更正によつて確定される課税標準は単に所得額のみならず、所得認定方法も同時に一つの訴訟物として組込まれているものであつて、訴訟段階になつてから更正時における認定方法と別個の方法をとつた場合には当然に別個の訴訟物となつて、当該訴訟審理の対象となるべきものではない。かかる観点から判断しても口頭弁論終結時まで適宜調査収集し、提出しうるとする判決の判断は誤つているものといわなければならない。

四、原判決は被告の主張していた昭和四三年二月二三日に野瀬係官が上告人の資産取引状況を上告人の取引先について調査したことや上告人の申立てた包装費を基準に推計計算を行つて上告人の所得を検討したことなどの事実を否定しており右判断や被上告人提出にかかる乙号証作成の日付などからみても本件更正処分時においては、被上告人が上告人の確定申告をくつがえすだけの何らの資料も有していなかつた事実がみとめられるのである。

したがつて被上告人はその後の不当な補促調査によつて得られた資料でもつて攻撃防禦をつくしたことが明らかであつて、その手続は違法なものであるといわなければならない。

第五、適法な調査を欠いた更正についての判断の誤り

一、原判決は「税務署長は、納税申告書の提出があつた場合において……その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申請書に係る課税標準等又は税額等を更正する」との国税通則法二四条の規定の趣旨は課税庁が全然調査をしないで恣意的に課税することを禁ずることにあると解すべく、したがつて全然調査をしないでなした更正は取消事由があると解すべきであるとしている。

二、仮りに右原判決どおりの解釈に従えば、本件更正は適法な調査が全くなされないままになされた違法のものであり、取消されるべきものに該当する。

即ち原判決が適法な調査がなされ、それによつて本件更正がなされたと認定している調査の実態は次のとおりである。

(1) 昭和四〇年二月上旬ごろ浪速税務署より葉書にて呼出しがあり、上告人が同署に出頭したところ、同署所得税課野瀬清文係官(以下野瀬係官という)は上告人に対して「今年は八〇万円位申告せよ、それができないなら、こつちは調査するんだ」等と税務権力の恣意によつて申告額の強要をした。

(2) その後、上告人は売上伝票その他の原始記録全てを右税務署に持参し野瀬係官に提出した。

(3) にもかかわらず野瀬係官は同年二月中旬ごろ、事前の通知もなく上告人の元町店に来訪し、午前一〇時三〇分ごろから一時間ほど「事前調査」を行なつた。

右「調査」は納税義務者である上告人が不在であつたにもかかわらず、事情のわからない単なる留守番にすぎない店員に税務署員であることを告げて、見せてくれと言つただけで調査の合理的必要性の理由の説明もしないままに勝手に店内にあがりこみ、片隅にあつた丸椅子を無断で使用し、日々の売上げ、店員の給料、勤続年数等をしつこく質問した。

(4) 同年三月上旬ごろ右税務署から二度目の呼出しがあつて、上告人が出頭したところ、野瀬係官は先きに上告人が提出していた原始記録等を返還するとともに、「指示にしたがわない場合にはどうでも勝手にせよ」等と威迫した。

(5) そこで上告人はやむを得ず、同年同月一三日付で自主的に確定申告書を提出したものである。

右の如き一連の経過は原判決のいう適法な調査とは程遠いものであつて不当違法なものであり、憲法三一条の法理からしても本件更正は取消されるべきである。

第六、調査の時期についての解釈の誤り

一、原判決は調査の時期につき単に法律の規定がないということから、いかなる時期に調査をなすかについては課税庁の合目的な裁量にまかされていると判断している。

二、ところで現行税法は憲法八四条で保障されている納税者保護の実現をはかるために納税者が自主的に計算して申告した所得額を基準としてその税額を定める自主申告納税制度をとつている。

申告納税制度は国民主権主義の税法的表現として理解されるものであり、かかる制度下にあつては第一次的に主権者たる納税者が納税義務(租税債務)確定権をもち、課税庁の課税処分はあくまで第二次的補完的な地位しか与えられていないのである。

したがつて、納税者の納税義務確定権は本来的に納税者の固有権であり、第二次的補完的な地位しか有しない課税庁の課税処分のための事前調査は法の格別の規定がないかぎり、納税者の右固有権の行使の結果を待つてなされるべきものである。

三、ところで国税通則法二四条以下によると課税処分たる更正は納税者の申告が相当でない場合または申告すべき納税者が全く申告しなかつた場合にのみ行われるべきものである。

課税処分のための質問検査権の行使の要件である「調査について必要があるとき」とはまさに右の如き場合を指すものと解されている。

かかる観点からすれば、一般的には申告がまず先行し、その申告内容が正当であるかどうかまたは申告がまつたくない場合に申告する義務があつたのではないかを調査するためにのみ行使がみとめられるものというべきであり、事前調査は許されるべきものではない。

四、ところで本件にあつては前記のように申告前に「調査」と称して係官が店に顔に出して、上告人の不在の間に事情も知らず、何らの権限も有しない留守番の店員に質問をおしつけるなど納税者の承諾によらない強制的な調査をしたり、「指導」を口実を口実に税務署へ呼び出しをかけて「今年の申告は八〇万位でどうだ」などと申告額を実額に比べて不当に高くさせるような押しつけやおどかしをかけているなど、不当な事前調査がなされ、法の要求する自主申告制度をふみにじつているのである。

それにもかかわらず、原判決は右の如き不当な事前調査を肯定する判断をしているものであつて、かかる判断は憲法八四条、国税通則法二四条の解釈を誤つているものといわなければならない。

第七、調査の方法、範囲についての事実認定の誤り

一、原判決は課税庁の調査の方法、範囲についてその調査が合法的なものでなければならないことは当然であり、法律に規定のない限り強制的に調査を行うことは許されないとしながら、他方課税庁は納税義務者その他関係者の任意の承諾があるときには法規の根拠を有することなく調査を行うことができるものと判断し、上告人に対して被上告人のなした本件調査は全く任意になされたから違法な点はないとしている。

二、しかしながら、被上告人の上告人に対する調査の一連の経過は前記のとおりであつて、原判決は右事実経過を素直に直視しようとしなかつた。

即ち、野瀬係官が上告人に対して確定申告額を八〇万円とするよう強要した事実を否定し、上告人不在中の元町店における臨場調査についても野瀬係官は調査に際して上告人の従業員に税務署員である旨の身分を告げた上、同人の承諾を得て、任意に調査がなされたとの誤つた事実認定をしているのである。

三、しかも原判決は承諾したという上告人方の店員の地位について「責任者」であつたという被上告人の主張を斥けて「同店の従業員」だとの認定をしながら同人の承諾があつたことと、同人に野瀬係官が税務署員である旨の身分を告げたことをもつて、安易に任意調査がなされたことの根拠にしてしまつている。

しかしながら、右調査時に元町店にいあわせた上告人方の店員は単なる留守番程度の店員であつて上告人の営業活動に何ら責任を負つていない者だつたのである。

上告人の不在中に調査の合理的必要性もなく、その理由の説明もしないまゝに上告人の預り品や伝票等について全く権限を有しない者の承諾を得たからといつて、任意の承諾があつたものということはできない。

したがつて被上告人の上告人に対する右調査は強制的になされたものというべきであつて違法であり、憲法三一条、三五条の法理に反し許されるべきでない。

第八、更正の理由附記についての法解釈の誤り

一、原判決は旧所得税法四五条二項が更正について理由の附記を要求しているのは青色申告の場合のみであると、法文を形式的にのみ解釈し、白色申告に対する更正には理由の記載を欠いても違法ということを得ないものであると判断している。

二、ところで行政不服審査法四一条一項は、不服申立に対する裁判や決定について理由の附記を一般的に要求している。その根拠とされるところは、第一に、決定機関の判断を慎重ならしめるとともに決定が機関の恣意に流れることのないようにその公正を保障することであり、第二に、行政機関としてその結論に到達した理由を相手方たる国民に知らしめることにあるとされている。

他方、国税通則法は七五条において、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立については原則として右行政不服審査法の定めるところによるとしているのであるから、原則的にいつて更正処分についても理由を附記すべきことが当然であると解さなければならない。

しかるに旧所得税法四五条二項は明文上、青色申告についてのみ理由を附記すべきことを義務づけているのであるが、白色申告の場合については何らの規定がなされていない。

三、しかしながら日々数多く行われる行政決定にあつては、仮りにそれが違法になされたものであつても、それに対して不服審査や司法救済の申立がなされるのはごく一部であり、このことから行政決定自体においても公正な手続(事実の認定、法の適用、理由の明示)が行われる必要があり、この違背があればそれのみで行政決定を取消しうるものとして司法審査を容易にするとともに、司法審査とあわせてではなく、行政段階自体において自足的に公正な決定がなされるようにする必要があることからも理由の附記が必要なものとされるのである。

この要求は単に青色申告の場合のみにかぎられるものではなく、したがつて旧所得税法四五条二項の規定は青色申告についての例外規定と解すべきではなく白色申告の場合をもふくめて当然のことを規定しているにすぎないと解すべきである。

しかるに本件更正処分には全く理由が附記されていないのであるから違法なものというべきであり、取消を免れない。

以上

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